というのが、やくざの処世術らしい。コンビニで売っている類の、男性的な世渡り(世渡り上手が男らしいかどうかは、まず置く)ムック本に載ってそう。
さっすがぁ。オツムてんてんな連中が、勿体つけて語りそうな、おサルさん社会のルールじゃないか。
ついでに、それだけで我々人類が旨くいく可能性は、ほぼ皆無である。脅した本人が陶酔しているだけで、なぁんにも解決しないばかりか、問題を陰湿に潜在化させているだけ。
もっともやくざ屋さんに、潜在化なんて言っても、コインランドリーを想像されるくらいだし、やくざの処世術を知ろうとしている人間の浅はかさはどっこいどっこいである。
国立教育政策研究所の調査で、中学生の八割がいじめの被害者か、加害者になっているという。
いじめる子供と、いじめられる子供の入れ替わりも頻繁に起こっているため、特定の生徒を注意していたのでは、対応できないというのだ。
ううん。まるでおサルさん。恫喝し、威圧していた生徒が一転して、いじめられる側になるということか。
というか、八割もの生徒がいじめに関係しているということ自体、相当ショックだ。どんだけいじめが好きなんだ、あいつら。
大人だけがいじめに怯えていて、中学生はウェルカムなんじゃないのかと疑いたくもなる。
勉強しろとはいえた義理はないが、異性の視線や部活や、お笑い番組やら、夢中になることは無限にあるだろう。いや、自分のなかで一番面白いものが見つかるのが、中学時代ではないか。この時期に見つかったものが、生涯の楽しみであったり、人生を変えるものではないのか。
それがいじめで汲々しているだなんて。いや、八割も乗り遅れてはなるまいと、必死に取り組んでいるとしたら、底の知れた人生である。
仲良く、平和であることを強制された結果、自分が不条理と感じることも、欲求も衝動も押さえ込んで、人殺しをするマンガを読みふけるのが、実態だとしたら、哀れ。惨めな十代である。
大人社会の縮図であるとか何とか、とかく教育関係者は言いたがるが、ひどい言われ様ではないか。少なくとも大人社会で八割の人間がいじめに関わっていると、社会活動は破綻する。というか、成り立たない。というか、ヒマすぎ。
実社会はそんなに単純じゃない。
ノリが悪かろうが、印象の悪い態度を取ろうが、それがその人の人格に直結して、生涯にわたって判定するようなものではない。
もしそんな会社があるとしたら、お見事。ご時世柄、倒産するのは見えたものだ。
いじめは社会問題であるが、加害者も被害者も容易に反転してしまうというのは、つまり秩序として成立していないということではないだろうか。明らかに混乱していることである。
そして、この混乱こそ平和の対極にあるもんじゃないだろうか。
ゆとり教育の結果、中学生たちがクラスのムカつく相手をいたぶる方法を熟慮していたとしたら、滑稽だ。我々大人は実社会を知らない、純粋培養の薄らバカどもにそそのかされて、個性だ、自分らしさを見つけることと称して、いじめを推奨する環境を整えていたのだ。
いや、いじめこそが彼ら餓鬼道の本当の姿……いや、言い過ぎた。撤回する。
もとい、我々は少々薄らバカ教師どもの百鬼夜行に、少々無関心だったのかもしれない。
そして周囲を脅かして、目一杯背伸びしたいじめっ子が、足下をすくわれて、いじめられても当然だろう。背伸びしたことが悪いのではない。おサルさん方式で背伸びする事で、人間社会を世渡りしようとしたことが責められるべきだ。
ましてや、いい大人が幼稚な任侠処世術を、真に受けようとするなんて。幼稚な偽悪である。それこそ、空気を読めていない証左だ。いじめないから、勘弁してくれ。
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