その会社が大きくなり、二つのブランド名を持っていたが、昨年10月にその一つに社名を変更した。
パナソニック株式会社である。
花札とトランプを作っていた会社が、今や世界の任天堂である。
どんな会社でも、黎明期はそんなものである。
しかし日本の場合、それだけではない。
小さな有名の大企業のしたに、下請け、孫受け、曾孫受けのヒエラルキーがいくつも重層的に重なり、我が国の自由主義経済は成り立っている。
持ちつ持たれつ。企業間で相互扶助の精神をもって、戦後の経済は紡がれてきた。
もっとも戦前の経済はどうかというと、幕末ブームを前にいってしまうのも何だが、談合と藩閥中心の経済であった。
それが資本主義の黎明期に必要であったかどうかは、別として、薩摩・長州・土佐・肥前の四藩有力者につながる人々が、利権を争った。
戦後に金権政治が始まったかのようにいう、司馬遼太郎仕込みの明治史観に陶酔する人もいるだろうが、木戸孝允だって、大久保利通だって、自藩の後輩の企業発展に便宜を図っている。
資本主義経済が啓蒙的で、文化的で、万能だという思い上がりから、我々はいい加減目覚めるべきだろう。
それが戦後、財閥を必要としない競争社会になった。GHQの占領政策はまんざらでもなかったのだ。
ところが今度はその当時に発展した企業が、財閥になっているのだ。
承知の通り、右も左も不景気である。そのうえに、サブプライムローン問題である。仕事を怠けても、儲からない口実には事欠かない。
鼻くそをほじりながら、屁をこいて、いうのだ。景気が悪くて、儲かりませんな。社会人の新常識である。
そんな社員が会社にパラサイトしているだけならいい。問題なのは、下請けに値引きを強制していることだ。
価格競争と称して、原価割れ。いかに安いところから仕入れるか。企業努力と称した、下請けいじめ。
単純に値段が安いことを前提にしただけの、とち狂った資本主義が暴走している。
1.商品の単価が安くなる。
2.製造者の収入が少なくなる。
これは何を意味するのか。誰でも分かることである。圧倒的大多数の日本人は大企業に勤めていない。その下請けに勤めている。(もし自分の知るご近所が、大企業の名刺をもっている人だけしかいないのなら、余りに可哀相だ。つまり世の中のことについて、何一つリアルに学ぶきっかけがないということだ)
ということは、自ずと次の展開が見えるだろう。
3.多くの製造者の消費が冷え込む。
4.日本全体の景気が回復しない。
人体に例えると簡単だ。
内蔵が大企業や官庁。手足が中小企業。指先がその家庭である。
自民党は必死で内臓を温めていた。そうすれば末端まで血流が良くなると。
ところが連中は世襲議員が多く、当然世間知らずのうすら馬鹿が多いから、方法を間違えた。
延々と酒を呑んだのである。呑めば当然、内蔵が熱を持つ。しかしそれは血管を広げただけで、末端の血流まで広げ、結果的に全体の体温を下げることになったのだ。
それでも先日まで、太郎ちゃんはいうのだ。大きなところから助ければ、自ずと小さなところが助かると。
まあ、大雑把なこと。世間知らずのうすら馬鹿が飛びつきそうな考え方だ。
自民党は今でも悩んでいる。日本酒がだめなら、いっそウォッカはどうだ。いや、女性にもうけるカクテルじゃないか。いやいや、実は甘酒で。
自民党を飛び出して、結果内閣総理大臣になった鳩山由紀夫のアイデアはシンプルだった。
例えるなら入浴である。末端をダイレクトに温め、全体に還元していくという方法。つまりは子供支援や、高校の授業料無料化である。
その流れで、亀井静香が誰の物真似か、いつものだみ声でいう。
「公正取引委員会は下請けが話し合いをしたら、談合だと舌なめずりするが、(下請けが儲からないという)そういう状況には知らん顔だ」
と憤慨した。
おや? 偽悪趣味なとっちゃん坊やかと思いきや、まともじゃないか。返済猶予法案で何かとお騒がせだが、それは実はこっちサイドでものをいっているではないか。
そうである。日本経済と書いて、「ちゅうしょうきぎょう」読んでいいくらい、我が国の産業を根底から支えているのは、中小企業である。
中小企業をいじめるなんて、恩義だの、道徳だのという問題ではない。単純に両手足を切断しているだけだ。
両手足を失っても、生きてはいける。
ただ言いたいのは、胴体を生き残らせるために平気で手足を切り落とすような者が、果たして本当に真人間だといえるのかということだ。
大企業であろうが無かろうが、我々と社会や経済と、中小企業は一体である。
貸し渋り、貸し剥がし、不当値引き。いずれも未来を端した金で換金しているだけにすぎないのだ。
亀井に一票。
【怒りの矛先の最新記事】

